2006年12月18日

むしろ、少ないくらいでは?

ニートやフリーター「自分がなるかも」 東大生3割不安

 東大生の3割近くが「自分がニートやフリーターになるかも」と感じている――。東大が行った学生生活実態調査でこんな結果が出た。就職に不安を持つ人も7割近く。世間では就職戦線の「勝ち組」と見られているだけに、東大は「厳しい時期が長く続いたせいかもしれないが、ずいぶん高い」と戸惑っている。

 学部生を対象に05年11月にアンケートし、約1400人(回収率38.7%)が回答した。ニート・フリーターについて初めて尋ねたところ、28.3%が「自分がなるかも」と答えた。

 将来の進路や生き方に「よく」「ときに」悩むのは83.3%。不安を感じるのは「就職」が67%、「人生の意義・目標」が61.4%で、漠然と「強い不安に襲われたことがある」学生も51.5%にのぼった。

 大学に求める対策として、「就職指導、進路相談」と「学部や大学院への進学相談」の充実をそれぞれ3分の2があげた。大学院への進学予定者は、03年の前回調査より4.5ポイント高い50.5%。法科大学院が新設されたこともあるが、就職回避の傾向が出ているという。

 調査した経済学部の森建資教授は「(景気の回復とともに)就職状況は改善してきたが、学生たちは先輩が苦しむ様子を見聞きしてきた。その不安があるのかもしれない」と話している。


 正直、こんなもの、記事として扱う価値があるんだろうか? 久しぶりの更新なんで、リハビリも兼ねて、この記事及び調査の問題点の指摘でもしてみようか。

 まず、この調査そのものが東大生の平均とは程遠い、というのがある。
 理由は回収率。この学生生活のアンケートって、私も大学生の時にあったが、基本的に「アンケートに答えたい人だけが答える」と言うもの。つまり、「アンケートなんて興味無い」なんていう人は答えない。また、「ここを改善して欲しい」とか、「悩みを聞いてもらいたい」というような強い意見を持っている人が積極的に回答する形になりやすい、とも言える。つまり、サンプルが偏っている、ということ。
 更に、サンプルが「ニート」「フリーター」について正しい知識を持っているのか? という疑問もある。
 実際、両方ともマスコミだとかを賑わせているけれども、その扱い方だとかが実にいい加減。本来の定義だとかを外れて、もう滅茶苦茶な解釈で語られている、なんていうのは日常茶飯事。東大生だから正しく認識している、なんていうことは言えないだろう。そうすると、本来の「ニート」「フリーター」ではなくて、回答者なりの解釈で回答している可能性がある、というわけだ。

 そもそも、このアンケート、今年から始めたわけだ。無論、他の大学であるとかとの比較があるわけでもない。そうすると、一体、何の意味があるのか? ということになる。
 変な言い方だが、受験や就職活動なんて言う物は、いくら「合格間違いなし」みたいなことになっていたところで、ある程度の不安感を抱くもの。例えば、受験ならば、名前を書き忘れていないだろうか、解答欄がズレていたらどうしよう…とか。まして、先にも書いたように、サンプルが平均ではない。そう考えれば、むしろ、3割程度、というのは少ないくらいではないのだろうか?
posted by SST at 17:03| Comment(39) | TrackBack(8) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月17日

久々の更新

ちょっと間が開いてしまいました。
また、今後も少しずつ更新していければ、と思いますのでよろしくお願いします。
posted by SST at 01:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月02日

数字が全てじゃない!

「数字が全てじゃない!」

 よく、少年犯罪凶悪化、とか、そういうものにデータを示して反論すると出てくる言葉。
 実のところ、この言葉自体は間違ってはいない。データは万能じゃないし、データに出ないものだって沢山ある。だから、「全てじゃない」という言葉そのものは正しい。
 ただ、重要なのは「数字が全てじゃない」のは間違い無いけれども、だから「気にしなくて良い」というわけではないことだと思う。

 データというのは使い方を間違えなければ非常に有意義なもの。だからこそ、正しいデータの集め方を教え、正しい読み方を教えるべきじゃないかと思う。
 あるデータから、そこから読み取れる物、読み取れない物。調査そのものが正確な物かどうか。そういうものを知ることで、全て…は無理でも、ある程度はデータから実態を知ることが出来る。少なくとも、データを無視した議論などよりは余程建設的な意見が出せるようになるのではないか? という風に思う。
posted by SST at 11:49| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月19日

隠さないはずが無い

「いじめ隠すな」 文科省、緊急会議で学校・教委に指示

 北海道と福岡県で起きた児童生徒のいじめ自殺を受け、文部科学省は19日、都道府県・政令指定市教委の生徒指導担当者らを集めた緊急会議で、いじめにかんする指導体制の総点検を求めた。「いじめの重大性の認識が薄れてきている」としたうえで、「いじめを隠すな」と繰り返し訴えた。

 文科省が各教委を通じて集計するいじめ自殺は99年度から7年連続でゼロ件。いじめの誘因ともなる教員による子どもへの言動や、遺書をめぐる教委の対応のまずさを踏まえ、会議を開催した。

 今回の自殺に伴い、文科省は、各学校や教委が総点検をする際のチェック項目を11年ぶりに改定した。このなかで、学校と教委が守るべきこととして「いじめの事実を隠すな」という点を初めて明記した。

 会議では、北海道と福岡県の両教委の担当者が、自殺の経緯や教委の対応などについて説明した。


 この記事を読んで、正直、失望した。
 こう言っちゃ何だが、「いじめの事実を隠すな」といくら、文部科学省が訴えたところで隠さないはずが無い、というのが私の見解。

 何度も繰り返しているが、「いじめ」について判断するのは学校。
 では、学校というのは、どういう立場なのか、と言えば、「いじめが無い方が良い」「いじめがあっては困る」存在になるわけだ。最近の学区自由化であるとか、そういう流れを受ける中、学校としては特色を出し、マイナス部分は見せないようにしたいわけだ。前の記事にも書いたが、「いじめはあってはならないもの」という空気があるわけだから、学校というのは利害関係者になるわけだ。それも、無い方が良い、無かったことにしておくほうが都合がよい、というのは加害者側の立場に近い存在。加害者側に近い利害関係者に調査をさせておいて、「隠蔽するな」と言ってもそれは無理な注文じゃないのかい?

 ついでに言うと、学校がいじめを「指導する」っていうのは、学校を治外法権の地にしているだけじゃないか? という感じさえしている。
 こう言っては何だが、「いじめ」によって起こされることというのは、多くが「刑法犯罪」に当たるはずだ。「刑法犯罪」を検挙するのは警察、それがどういう罪か判断するのは司法の仕事。それを学校が行ってしまうというのはどうなんだ? しかも、先に書いたように、学校は利害関係者。

 私の意見は、かなりの極論だとは思うが、この学校がいじめを調査、指導するという構造自体を考えるべきだと思う。
posted by SST at 20:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月17日

やっぱりね

2年生自殺の三輪中、いじめ7─8件を「0件」と報告

 福岡県筑前町立三輪中2年の男子生徒(13)がいじめを苦に自殺した問題で、合谷智校長は16日の記者会見で、同校ではこの数年間、7、8件のいじめが起きていたのに、担当教諭の指導などで解決したため、「いじめが続くことはない」と判断し、町教委に「0件」と報告していたことを明らかにした。

 文科省は「いじめが起きていたのなら、解決したかどうかには関係なく、正確な件数を報告してほしかった」と指摘している。

 7、8件のいじめうち4、5件は、合谷校長が着任した2004年4月以降に起きていた。合谷校長は「統計上もきちんと報告を上げるべきで、私の判断が誤っていた。7、8件のいじめについては現在、再調査しており、内容が判明したら公表したい」と述べた。

 同校で15日夜に開かれた保護者会で、「ほかにいじめはないのか」との質問があり、校長は「把握していない」と答えたが、同席していた複数の教諭が「いじめを校長に報告した」と発言。合谷校長は保護者に「失念していた」と謝罪したという。


 以前、「いじめ激減は本当か?」という記事を書いたことがあるんだけど、見事にその体質が見て取れる事例じゃないだろうか?
 その時にも書いたのだが、いじめなんていうのは、防ごうと言ったところで防げる物じゃない。人間が集団になれば、必ず起こり得るもの。無論、撲滅しよう、と努力する事は大事だけれども、「いじめが起こるのは、学校のせい」なんて言う考え方をするのは、学校に隠蔽を促すだけだと思う。

 そもそも、「イジメは解決した」ってどういうことなのだろうか?
 「いじめが続くことはない」って判断する理由って何?

 私は基本的には性悪説論者なんだけど、一旦、こじれた人間関係って、そうそう解決するものじゃない。具体的な話の掛け違いみたいなものがあってこじれた関係なら、その掛け違いを正すことで解決するかもしれない(それだって、厄介な話だが)。
 けれども、学校のイジメなんてものは、そうでないことが多い。身体的な特徴をバカにするとか、そもそも「なんか気に入らない」からイジメる、とか、そういう場合が多いわけだ。そういうものを正すのは、どうしようも無く難しい。
 はたして、何をもって学校がそういう判断をしたのかを教えて欲しいところだ。
posted by SST at 01:30| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月10日

朝食抜きの影響明らか…な理由を教えてください

小中高生の体力低下続く、朝食抜きの影響明らか

 朝食を食べなかったり、テレビを見る時間が長かったりする子供の体力は相対的に低いことが8日、文部科学省から公表された2005年度「体力・運動能力調査」結果で明らかになった。

 また、小中高生の体力は1985年をピークに低下傾向が続いていたが、今回の調査でもこの傾向に歯止めはかからなかった。

 調査は05年5月〜10月、6歳から79歳の男女計約7万4000人を対象に実施。同時に、朝食の有無やテレビの視聴時間、睡眠時間などの生活習慣についてアンケート調査をした。

 今回は特に、6歳(小1)から17歳(高3)に注目し、持久力を測る20メートルシャトルランの結果について、生活習慣との関係を分析した。

 その結果、朝食を毎日食べる子供の記録は、食べない子供の記録をすべての年齢で上回った。テレビを3時間以上見る子供と3時間未満しか見ない子供を比較すると、8歳以上のすべての年齢で、3時間以上見る子供の記録が、男女ともに悪かった。

 また、小中学生では、ほとんどの年齢で「8時間以上」寝る子供の記録が、「6時間未満」の子供の記録を上回った。

 一方、小中高生の体力低下傾向は続いている。例えば小6では、50メートル走の平均タイムが男子は8・95秒、女子は9・20秒で、20年前と比較してそれぞれ0・20秒遅くなっていた。ソフトボール投げでも、男子が20年前の34メートルから29・8メートルに、女子が20・5メートルから17・8メートルと短くなった。


 まず、最初に、「朝食抜きの影響明らか」って、どうして明らかなのか小一時間問い詰めたいのだが…。

 先日のアメリカのバカ調査に続いては日本のバカ調査がお出ましになりました、っていうところだろうか。まず、運動能力の低下っていうのは正しいのだろう。そして、そういう子供の睡眠時間が短いとか、朝食を抜く傾向があった、っていうのも正しいんだとは思う。けれども、睡眠時間が短いことや、朝食を抜くことが体力低下に繋がる、という短絡的な思考がおかしい、という話。

 細かい指摘は、これまで散々やっていることと同じだから省くが、1冊、書籍を紹介してみたいと思う。それは、永井洋一氏の『スポーツは良い子を育てるか』という書。
 この書、ゲーム脳を肯定してしまっているとか、多少、ツッコミどころはあるのだが、非常に貴重な書であると思う。それは、「スポーツ離れ」は、「スポーツ環境」そのものに問題点があるからだ、という指摘をする書であるから。
 この調査なんかでもそうなのだが、「テレビの視聴時間が長いと…」「睡眠時間が短いと…」と明らかに、運動以外の環境に原因を求めている。しかし、外部に原因を求めたところで、何の解決にもならないのは当然。ロクにプレイできる環境も無く、また、ロクな指導者もいない部活動しかない、なんて状況じゃ、誰が運動しようと思うのだろうか? むしろ、こういうのを元にゲーム規制とかやって、スポーツを無理矢理やらせればスポーツ離れは加速するのではないかとすら思う。
 こんな調査をするのであれば、まず、生徒の運動に関する環境を調査すべきではないのだろうか?

 そりゃそうと、この調査によれば、「1985年がピーク」とある。では、その前の世代の体力ってどうだったのだろうか?
posted by SST at 23:17| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月04日

大人が叱ると、凶悪犯罪が増える…という妄想

 殆ど、根拠の無い妄想による理論展開をする実験。

 よく少年犯罪などが起こると、コメンテーターとか呼ばれる人がこのような発言をする。「最近の大人は子供を叱らない。自分が子供だったころは、悪さをしていると、近所の親父とかが怒ったりしていた。最近は、そういうことはない。子供たちは叱られないから、何が良いことか悪いことかわからない。だから、少年犯罪が増えたんだ」と。
 確かに少年犯罪自体は増えている。主に「軽微な犯罪での」検挙者が激増している。一方で、「殺人」だとかは、激減している。そこで、こんな理屈は考えられまいか?

 昔の大人は、子供をよく叱った。悪さをしていると、近所の親父などが鉄建制裁などもした。そして、それによって、無罪放免とされていた。現在は、そうではない。軽微な万引きなどであっても、警察に通報され、補導されたりする。こうして、検挙者が激増した。
 補導というのは、当然、学校や行政機関などにもその事実が知れ渡る。このような「経歴」というものは、社会的制裁という形で常について周る。それにより、様々な形で子供達は「してはいけないこと」を学ぶ。そのため、現在の少年たちの殺人などの事件件数の減少に繋がった。
 一方、昔の子供達はというと、鉄拳制裁などの「私刑」による教育だ。確かに、そういう風に殴られれば痛いだろう。しかし、それで無罪放免なのだから、経歴に傷がつくことなどは無い。「悪いことしたって、一発、げんこつを我慢すれば良い」と軽く考えてしまうようになるだろう。結果、彼らの起こす事件はどんどんとエスカレートする。そして、大量の凶悪犯罪を犯すようになったのである。
 社会的制裁のない、私刑による解決。その減少が、現在の凶悪犯罪激減の理由となったとは考えられまいか。

 …最初にも書いたとおり、何の根拠もありません。ただ、「昔は、近所の大人とかがよく叱っていた」と言う言葉、そして、「軽微な犯罪による少年犯罪検挙者の増加」と「凶悪犯罪の激減」という3つだけを持って、適当に理屈をこねくりまわしただけの代物です。
 …それなりに、説得力のある文章になったのでは?(笑)
posted by SST at 11:29| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月02日

なんかもう…

 バカバカしくてコメントに困る調査を見付けてしまった。

平日のテレビは学業に影響=米研究

 [シカゴ 2日 ロイター] 平日にテレビを見る米国の学生は、見ない学生に比べて学校での成績がよくないという傾向が、米国の研究で明らかになった。ただ、週末にテレビを見ることは、学業に支障を来たさないことも示された。

 この研究は、9歳─15歳の学生4508人を対象に行なったもの。成人向け映画や、有料のケーブルテレビで成人向け番組を見ている者も、学業に支障がでていることが分かった。

 平日にテレビを見ない者の半数以上は学校での成績がよいのに対し、平日にテレビを4─7時間見ている者のうち、成績がよい者はわずか24%に留まったという。

 この研究を行ったアルバート・アインシュタイン医科大学(ニューヨーク)のイマン・シャリフ博士は「我々のデータは、両親が子供に対し、平日にテレビを見たり、ビデオゲームをする時間を1時間以内に制限したり、成人向け番組を見せないようにすることが好ましいことを裏付けるものだ」とコメントしている。 

 シャリフ博士は、成人向け番組の内容が若者の知性に与える影響について、さらに詳しく調べる必要があると述べた。



 ね? バカバカしいでしょ?
 この調査をしたシャリフさんとやらは、テレビ視聴時間以外に調べたのでしょうか? とりあえず、何曜日にどれだけ見たのか? については調べているみたいだけど。

 まず、非常に単純な話として「時間は有限である」っていうのがある。一日は24時間しかないわけだ。そうすると、テレビを沢山見ている人は、それだけ他のことをしている時間が短い、と考えられる、と。「平日にテレビを4─7時間見ている者のうち、成績がよい者はわずか24%に留まったという」って、平日に7時間もテレビ見てりゃ、「そいつ、勉強してない」、という話になるわけだ。むしろ、24%も成績が良かった、って方が驚きである(というか、成績が良い、悪いの基準って何だろ?)。殆ど見ていない生徒の何%が「成績が良かった」のだろう? 無論、この記事では、それぞれの視聴時間のカテゴリにどれだけの人数がいるのか? もわからない。

 これは、個人的な経験なんだけど、私の高校時代、柔剣道部に入っている生徒は成績が悪い、という傾向があった。というのは、私の通っていた学校は、柔剣道部が強いことで有名で、全国制覇も何度かしたことがある学校だったから。柔剣道部に入っている生徒っていうのは、朝は6時ごろから朝練をし、放課後は午後7時8時まで練習をしていた。おかげで、授業中は彼らのイビキが五月蝿かった(笑) と、そんな状態。当然、テストの成績だって悪い。
 さて、これを持って「柔道や剣道をやると成績が悪くなる」と言ったらどうだろう? 「んなわけない!」と言うに決まってるでしょ? 何かそれと同じ構図に思えてならない。

 ゲーム脳とかもそうなんだけど、「見せないようにする」「排除する」ことで、成績が上がる、という短絡的な考え方も「何だかな」という感じ。とりあえず、「勉強時間」を調べて見るのが先決では?

 しかし、こういう調査を「ゲーム規制派」が引用して、「アメリカではこういう研究があって証明されている」とか利用されるんだな…。谷岡一郎氏じゃないけど、「ゴミが新たなゴミを生む」状態だなぁ…。
posted by SST at 19:18| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月29日

茶髪にすれば1万円貰えます

学生の茶髪とピアス、やめれば現金1万・続ければ懲戒

 秋田市の学校法人「秋田経済法科大」(小泉健理事長)が10月、同大と、系列の秋田栄養短大に、茶髪とピアスを禁止する規則を設ける。

 従わない場合には「懲戒」もあるが、指導に応じて改めた学生には褒賞金1万円が付いた学長賞を贈る“アメとムチ”を用意。文部科学省学生支援課も「聞いたことがない事例」と言う。

 新たに制定された「学生の頭髪・装身具に関する要綱」では、男女とも、頭髪について「周囲に不快感を与える特異な髪形、染色、脱色は禁止」、装身具も「華美を避け、品位を保ち、ピアスは禁止」と明記した。該当する学生には、新設された教育指導室担当の教官らが指導。どうしても指導を受け入れない学生には、教授会に諮ったうえで注意処分などの「懲戒」もあり得るとする規定も盛り込んだ。

 大学、短大合わせて学生約1800人が在籍しているが、対象となる学生は50人以上とみられ、褒賞金は総額100万円を用意する。

 元検事で弁護士でもある小泉理事長は、「ニートやフリーターなどの問題は、学生のモラルやマナーの低下も一因ではないか。学生の服装や頭髪の乱れは、大学や本人の評価にもつながる」が持論。秋田県内の高校などには、この取り組みを記載したパンフレットを配布して教員や保護者にアピール、志願者の確保にも生かしたい考え。

 学生からは早速、「なぜそこまでする必要があるのか」という反発が寄せられているという。


 この記事を読んで最初に思ったこと。
 「秋田経済法科大学」及び「秋田栄養短大」に入学する人は、まず茶髪にしましょう。そうすれば、もれなく1万円が貰えます。ってことだろうか。脱色用の薬剤なら500円、600円程度で買えるから、戻す分も含めて1000円。9000円の儲けが出ます。

 本当、非常に頭の悪い方策でビックリする。
 まず「「周囲に不快感を与える特異な髪形、染色、脱色は禁止」っていうのは、具体的にどういうものなのだろう? 装身具も「華美を避け、品位を保ち、ピアスは禁止」っていうのもそう。基準が無い。
 例えば、私は、普段、ジーンズを履いていることが多い。大学生ならば、そういう格好で通っている人は少なくないと思う。さて、ジーンズはどうなのだろう?
 少なくとも、一部のレストランとか、ホテルとかじゃ、それは入店お断り、なんてことがあるわけだ。夏場、Tシャツ1枚っていうのはどうだろう?
 今度の新首相が掲げる「美しい国」なんてスローガンもそうなんだけど、基準が曖昧で、指導する側の一方的な美意識によって決められてしまう。場合によっては、嫌なものを潰す為に、何に対しても難癖をつけて潰す事だって可能になってしまう。非常に胡散臭い。
 こう言っては何だけど、やるんだったら制服でも作れば? と思うのは私だけだろうか? 学生に対して基準の説明だとかもする必要も無いし、違反者もすぐに発見できる。楽だよ、秋田経済法科大学さん。

 ハッキリ言ってね、「経済法科大学」と社会科学系の学校の学長様ともあろう方が「ニートやフリーターなどの問題は、学生のモラルやマナーの低下も一因ではないか」という発言をしているところから教員のレベルがわかるというもの。ニート、フリーター問題に関して、勉強している人間ならば、こんな発言はできないからね。少しは、勉強してから発言するべきだ。
posted by SST at 15:52| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月17日

弟・妹の方が多いに決まってるやん

【ファンキー通信】弟・妹は芸人を目指すべし!?


 ハーフォードシャー大学の心理学者でユーモアの研究家としても知られる、イギリスのリチャード・ワイズマン教授が先日、一風変わった調査結果を発表した。

 ユーモアに長けた人というのは兄弟・姉妹の中でも年下、つまり弟や妹に多いというのだ。具体的な数値は、簡単に人を笑わせることができるという人のうち56%が年下で、32%が年上。ひとりっ子に関しては11%に過ぎなかったという。

 この結果についてワイズマン教授は「生まれた時から親の注意を自分に向けようとする競争意識があるため」と述べた。そして兄や姉よりも親の注意を自分に向けるために、ユーモア=笑いを手段のひとつとして用いているのではないかと分析。実際にミスタービーンのローワン・アトキンソン、チャーリー・チャップリンといった英国のコメディアンも弟や妹であるため、信憑性は高そうだ。

 ここ日本でもこの調査結果は当てはまるのか、代表的なお笑い芸人について調べてみた。明石家さんまは3人兄弟の2番目でピッタリ。ビートたけしも4人兄弟の4番目。ダウンタウン・松本人志にしても3人兄弟の3番目で文句なしに当てはまる。偶然と言えば偶然かもしれないが、それでも調査結果通りの答えが出た。

 芸人とは反対にお堅い仕事、政治家ならどうなのかも調べてみた。小泉首相は3人兄弟の2番目、話題の安倍氏も3人兄弟の2番目だ。つまり人気ある人は弟か妹でいて、ユーモアたっぷりというワケだ。ちなみに小泉首相や安倍氏と真っ向から対立する、民主党の小沢代表も調べてみた。すると出ました、ひとりっ子! やっぱり逆を行くみたいです。

 弟か妹にユーモアがあるとすれば、長男や長女に考えられるのは堅実で真面目なところだ。みなさんもワイズマン教授の調査結果をもとに、一度自分を分析してはいかがでしょう? (清水憲一/verb)


 記事のレベルの低さでは常に上位を占めるファンキー通信の記事だけど、正直、これを読んで大笑いした。

 これ、イギリスの教授だかの説がもっともらしく出ているけれども、その前に非常にシンプルなことを尋ねたいところだ。それは…

 元の調査の第一子、第二子以降、一人っ子の比率はどうなってますか?

ってこと。

 単純に考えて、第一子とそれ以降の割合で行けば、後者の方が多くなるのは当たり前、って話。100人兄弟ならば、99人は、弟か妹になる。10人兄弟ならば、9人は弟か妹。3人兄弟だって、2人は弟か妹。
 つまり、まず最初に、第一子、第二子以降、一人っ子の比率がどのくらいだったのか、を発表して、それと比較しないと何の意味も無い、ってわけだ。
 すくなくとも、この調査を考えると、第一子(一人っ子を含む)と第二子以降の比率は、43:56。サンプル数にもよるものの半々に近いと言って良い。もとの比率が長子30%、第ニ子以降70%だったりすれば、「長子こそ、ユーモアのセンスがある」となる。
 
 お笑い芸人3人を出して、「みんな弟だった!」なんて言ってるけど、その兄弟10人のうち、7人が弟か妹なんだから、珍しくも何にもないって…。

 …わざわざ相手をするような記事でもないんだけどさ。
posted by SST at 21:20| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。